東京高等裁判所 昭和40年(行コ)34号 判決 1968年4月26日
控訴人(被告) 国
訴訟代理人 片山邦宏 外三名
被控訴人(原告) 岡林清英
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人指定代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、以下第一、第二のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
第一、控訴人指定代理人の陳述
一、国家公務員等退職手当法(以下「法」と略称する。このほか用語の略称はすべて原判決の用法に従う。)施行令附則第一六項は、法附則第一〇項の規定を承けて、中途退職の際に退職手当の支給を受けた議員についても、退職手当額算定の基礎となる勤続期間として新旧両勤務庁の在職期間の通算を認めることにより長期勤続による支給割合逓増の利益を与えるとともに、他方では、右職員が先に中途退職手当の支給を受けることにより亨受した利益を、貨幣価値の変動および中途退職時より最終退職時までの間通常の方法により中途退職手当を運用して取得すべき利益等を合理的に評価したうえ控除する方式によつて最終退職手当の額を計算すべきものと定めているのである。ところで、退職手当の実質は金銭給付であるから、その支給の適否にかかわらず、受給者の亨受する利益に格別の差異はない。したがつて、仮りに職員の中途退職の際に退職手当を支給したことが違法であつても、右職員の最終退職手当の額の計算にあたり中途退職手当受給の利益を控除することは当然であり、右職員の最終退職手当については法附則第一〇項の適用があるとしなければならない。
二、仮りに被控訴人に対する第一次退職手当の支給が違法であるとしても、次に述べる理由により無効とはいえないから、被控訴人に支給すべき最終退職手当については法附則第一〇項の適用があるとすべきである。
(一) 本件第一次退職手当は令附則第一五項にいう「法の規定による退職手当に相当する給与」に該当する。すなわち、本件第一次退職手当は支給準則にもとずいて支給されたものであるところ、同準則は沿革的にいえば法の母型をなすものであり、両者を比較すると、退職手当が金銭給付である点および退職手当の額が退職者の勤続期間に応じて決定される点において軌を一にし、さらに退職手当の額の算定基準について、たとえば長期勤続者に有利な取扱をしている等全般的にほぼ同様の構成をとつているのであつて、支給準則にもとづく退職手当は法にもとづく退職手当と本質的に同一のものということができる。
(二) 本件第一次退職手当の支給に重大かつ明白な瑕疵はない。この点については従前主張した事実(原判決事実摘示第三、二、3参照)のほか次のとおり主張する。本件第一次退職手当額算定の根拠とされた支給準則第二条は「勤続十年以上にして退職した職員に対しては、左の各号によつて計算した金額の合計額以内を支給する。(以下省略)」と規定しているから、退職手当の具体的金額は同条所定の金額の範囲内において行政庁が裁量によつてこれを確定するのである。したがつて、準則にもとづく退職手当の支給をもつて国と退職公務員との間に成立している公法上の債権債務関係の決済行為とみるべきではなく、これを行政処分と解するのが相当である。そうとすれば本件第一次退職手当の支給が違法であるとしても重大かつ明白な瑕疵が存在しないので無効とはいえない。
第二、被控訴人訴訟代理人の陳述
一、法附則第一〇項の規定の趣旨は控訴人主張のとおりであるが、職員の中途退職の際に支給すべからざる退職手当が違法に支給されたにもかかわらず、右職員の最終退職手当について法附則第一〇項の適用があるとすることは、右職員から新旧両勤務庁の在職期間通算の利益を奪うものである。現に被控訴人は、本件第一次退職手当の支給という違法な取扱を受けなかつたならば、第二次退職にあたり新旧両勤務庁の在職期間を通算した退職手当として六五七万六、〇〇〇円の支給を受け得たにもかかわらず、法附則第一〇項にもとづき三一八万三、八八〇円の支給を受けたにすぎず、これに第一次退職手当一五万九、六〇〇円を合算しても、右合算額と本来受けるべき前記退職手当額との差額は三二三万二、五二〇円にも達するのである。たとえ第一次退職時から第二次退職時まで一三年五箇月間における物価の変動を考慮に容れても、被控訴人が右期間内に第一次退職手当を運用して右差額に相当する利殖を図ることは不可能であり、このことに徴しても、被控訴人が第一次退職手当の支給を受けた一事により第二次退職の際の退職手当について法附則第一〇項の適用があるとすることは被控訴人に過大の損失を被らせることが明らかである。
二、控訴人の前記記第二、二、の主張は争う。
(一) 被控訴人が従前主張したとおり、本件第一次退職手当の支給は、支給準則第一条第二項本文の規定に反するものであるから当然無効であり、これを令附則第一五項にいう「法の規定による退職手当に相当する給与」に該当するという控訴人の主張は失当である。
(二) 支給準則第二条の「合計額以内」の字句は、昭和二一年六月三〇日以前に各省庁において区々に退職手当を支給していた当時その額を在職中の成績に応じて三段階に区別していた慣行の残滓にすぎない。日本国憲法施行後、退職手当の額に差等をつけることは憲法第一四条の規定に反するとされ、これに伴い、右「以内」の字句は理論上も実際上も無意味なものと解されるにいたつたのであつて、退職手当の額に関する行政庁の裁量の余地はまつたくなくなつたのである。それ故、退職手当の額が裁量によつて決定されるとの前提に立つて、本件第一次退職手当の支給を行政処分であるとする控訴人の主張は失当である。
理由
一、被控訴人が大正一一年五月会計検査院に就職し、引き続き在職した後、昭和二三年一一月二七日退職手当一五万九、六〇〇円の支給を受けて同院を退職し(第一次退職)、即日衆議院に就職し、同院常任委員会専門員として、昭和三七年三月三一日勧奨により退職(第二次退職)するまで引き続き在職し、国家公務員として前後を通じ三九年一一箇月間在職したことは当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人は自己の非違によることなく勧奨により退職したものと認められるから(右認定を妨げる証拠はない。)、法第五条、令第四条第二項第一号によると、被控訴人は法第五条第一項にいう「二十五年以上勤続し定年に達したこと(中略)に準ずる理由その他その者の事情によらないで引き続いて勤続することを困難とする理由により退職した者」に該当することが明らかである。
二、被控訴人は、「第二次退職の際に被控訴人に支給されるべき退職手当の額は、法第五条、第六条、第七条の規定に従いかつ国会職員法第八条、協議決定第三条の規定(法附則第四項により勤続期間に関する従前の例とされる)に則り、右退職時の給与月額一〇万九、六〇〇円にもとづき会計検査院および衆議院の在職期間を通算して算定すべきであり、その額は六五七万六、〇〇〇円である。」と主張するのに対し、控訴人は、「被控訴人は第一次退職の際に会計検査院から退職手当一五万九、六〇〇円の支給を受けているから、第二次退職の際に支給を受けるべき退職手当の額は法附則第一〇項、令附則第一四ないし第一六項にもとづいて算定すべきであり、その額は三一八万三、八八〇円である。」と主張するので、以下に考察する。
三、法第五条第一項は同条項所定の理由によつて退職した職員について特別の退職手当を規定したものであるが、右退職手当については、法第三条所定の普通退職の場合の退職手当および法第四条所定の長期勤続後の退職の場合の退職手当と同様に勤続期間が長期になるに応じて退職手当の額が逓増する建前をとり(ただし、法第六条は最高限度額を定める。)、法第七条第一、第三項は、右退職手当の額の算定の基礎となる勤続期間の計算は職員としての引き続いた在職期間によるものと定め、職員が先に一旦退職し、退職の日またはその翌日に再び職員となつたときは引き続いて在職したものとみなしている。そして法附則第四項は、昭和二八年七月三一日に現に在職する職員の同年同月同日以前の勤続期間については従前の例によるものと定めているから、同年同月同日以前に、職員が一旦退職し、再び就職した場合に新旧両勤務庁の在職期間を通算する旨の規定があつたときは、法施行後においても、これに従つて勤続期間の計算を行うべきものと解せられる。以上のような原則に対する例外として、法附則第一〇項は「昭和二十八年七月三十一日に現に在職する職員(中略)のうち、先に職員として在職した後退職手当(これに相当する給与を含む)。の支給を受けて政令で定める退職をし、かつ、再び職員とな(中略)つたことがあるもので政令で定める要件をみたすものが退職した場合におけるその者に対する第三条から第五条までの規定による退職手当の額は、第三条から第六条まで及び第七条の二第二項の規定にかかわらず、同項の規定に準じて政令で定めるところにより計算した額とする。」旨規定しており、右規定とこれを承けた令附則第一四、第一五、第一六項の規定とを総合すれば、当該職員が、
(イ) 昭和二八年七月三一日に現に在職した職員であつたこと(法附則第一〇項)、
(ロ) 昭和二八年七月三一日以前に一旦退職し、その退職の日またはその翌日に再び職員となつたこと(法附則第一〇項令附則第一四項)、
(ハ) 右退職の日まで職員として引き続いて在職した後「法の規定による退職手当に相当する給与」の支給を受けて右退職をしたこと(令附則第一五項)
との要件をみたす場合には、当該職員の最終退職の際に支給すべき退職手当の額は令附則第一六項所定の方法によつて計算した額となるのである。右の法附則第一〇項の規定は、控訴人主張のとおり、先に職員として在職した後退職手当の支給を受けて退職し、再び職員となつた者の最終退職の際に支給すべき退職手当の額を新勤務庁の在職期間のみを基礎として算定することにより中途退職の際に退職手当の支給を受けていない者との間に生ずる不均衡を是正するため、最終退職手当の額の算定の基礎となる勤続期間として新旧両勤務庁の在職期間の通算を認め、長期勤続による支給割合逓増の利益を与えるとともに、他方において、右職員が先に中途退職の際に退職手当の支給を受けたことにより亨受した利益を合理的に評価して控除しようとする趣旨に出たものであることは規定の内容上明らかである。
本件において、前記一の事実によれば、被控訴人について前記(イ)(ロ)の要件が存することは明らかである。控訴人は、被控訴人が第一次退職の際に退職手当一五万九、六〇〇円の支給を受けた事実を根拠にして、被控訴人については前記(ハ)の要件もみたされているから法附則第一〇項の適用がある旨主張する。これに対し、被控訴人は、本件第一次退職手当の支給は支給準則第一条第二項本文の規定に違反してなされた違法があり、かかる場合には前記(ハ)の要件をみたさないと反論する。
(一) おもうに、法附則第一〇項の規定の前記趣旨に徴すると、中途退職の際の退職手当の支給が違法無効である場合にも、ただ退職手当が支給されたという一事により法附則第一〇項に則り最終退職手当の額を計算すべきものとすれば、当該職員の最終退職手当から不当に中途退職手当受給の利益を控除する結果を招来するから、かかる解釈はこれを肯認することができない。中途退職手当の支給が違法無効である場合には法附則第一〇項の適用はないとしなければならない(本件第一次退職手当の支給について無効の観念を容れる余地があることは後述する。)。
(二) この点につき、控訴人は、令附則第一六項第二号を援用し、法附則第一〇項は中途退職手当が違法に支給された場合にも適用があると主張する。
1 終戦後の国家公務員に対する退職手当法令の変遷については原判決が理由四、1および別紙において説示したとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一九枚目表一〇行目および二九枚目裏三行目に「第一二八号」とあるのは「第一八二号」の、同二〇枚目表五行目に「施行」とあるのは「適用」の、同二八枚目表四行目に「三の1」とあるのは「四の1」の各誤記と認められるから、それぞれ訂正する。原判決二一枚目第一行目に「国会職員の」とある部分から同九行目に「よることとされた。」とある部分までを「国会職員についても従前と同様政府職員の例、すなわち支給要綱および支給準則によることとされた(この時期に専門員の退職手当については昭和二三年七月一日国会職員給与規程の一部改正((同年六月一五日から適用))により別段の定めがなされたが、この点は本件の判断と直接関係がないので詳述しない。)。」と改める。同二一枚目裏三行目の「専門員)」を削る。)。
2 ところで、昭和二一年七月一日から施行された支給準則は、その第一条第二項において、「退官、退職手当は、職員がその資格又は勤務庁を変更した場合であつても、引き続き在職(退職の日又はその翌日再就職した場合を含む。)するときは、これを支給しない。但し、官吏、官吏の待遇を受ける者又は常勤の臨時職員が非常勤の臨時職員、雇員、傭人又は工員となつた場合は、その際にこれを支給する。」旨規定し、右本文の退職手当不支給の規定は、内容的に、国家公務員等退職手当暫定措置法第二条第二項、法第八条第二項の規定に順次引き継がれた関係にあるから、昭和二一年七月一日以降においては、職員が一旦退職し、退職の日またはその翌日に再就職した場合には、支給準則第一条第二項但書の適用があるときは別として、その退職について退職手当を支給する余地はありえないのである。なるほど、令附則第一六項は、その第二項において、昭和二一年七月一日以降退職手当の支給を受けて中途退職した職員についても法附則第一〇項の適用があることを前提として当該職員に対し支給すべき最終退職手当の額の計算方法を定めているが、右は昭和二一年七月一日以降の中途退職者に退職手当を支給したことが適法な場合(たとえば、所属庁の承認または勧奨を受けて他庁の職員となるため退職したが、当該庁の手続の遅延のため退職した日の翌々日以後において他に就職することなくその承認または勧奨を受けた庁の職員となつた者((令附則第一四項、第四項第一号))に対しては支給準則第一条第二項本文の規定は適用されず、同条第一項の規定により適法に退職手当を支給することができるものと解せられる。)に関し法附則第一〇項の適用があることを前提とするものと解するが相当である。それ故、令附則第一六項第二号の規定を根拠にして法附則第一〇項は中途退職手当の支給が適法であると否とにかかわらず適用があるとする控訴人の主張は失当である。
(三) 退職手当の実質は金銭給付であるから、その支給の法律的適否にかかわらず、受給者の亨受する経済的利益に格別の差異がないことは否定できないが、そうであるからといつて、中途退職手当の支給が違法であつても、最終退職手当の額の算定にあたり中途退職手当受給の利益を控除することが法律上当然であるとはいえない。もし、中途退職手当の支給が違法かつ無効であるとするならば、受給者に対し不当利得を理由としてその返還を求めるのは格別、最終退職手当の額については、あたかも中途退職手当の支給がなされなかつた場合と同視して、右手当の受給利益の控除を行うことなく計算がなされてしかるべきである。これに反する控訴人の主張は採用できない。
四、よつて進んで本件第一次退職手当の支給が支給準則第一条第二項本文の不支給の規定に違背して違法になされたものであるかどうかを検討する。
この点に関し、当裁判所は本件第一次退職手当の支給は違法であると考えるものであり、その判断は原判決理由四、2、3に説示したところと同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二二枚目裏一一行目から二三枚目表一行目にかけて「(第三「被告の主張及び答弁」の二の1の(一)参照)」とある部分を「(第三「被告の答弁及び主張」の二の2の(一)参照)」と改める。)。
五、そこで本件第一次退職手当支給が無効かどうかを検討する。
1 国家公務員の退職手当を支給庁がその裁量により恩恵的に与える賞与的性質の給付とするか、または、公務員が退職に伴い当然に退職手当を請求する権利を取得し、国はその支給を義務づけられるものとするかは、広い意味における立法政策の問題である。現行退職手当法のもとにおいては、公務員は特定の欠格事由を有しない限り退職に伴い法律上当然に、退職手当を請求する権利を取得し、国はこれを支給すべき義務を負担するものとされているが、支給準則所定の退職手当をこれと同視することはできない。すなわち、支給要綱およびこれにもとづく支給準則は戦前から各省庁が区々に実施していた退職手当制度を整備し、統一的な退職手当を創設したものであるが(この点は公知の事実である。)、その退職手当の内容は支給準則なる大蔵省給与局通牒の形式においてはじめて具体化されているにすぎないこと、右退職手当の額に関する基本規定というべき支給準則第二条は「勤続十年以上にして退職した職員に対しては、左の各号によつて計算した金額の合計額以内を支給する。」と規定し、退職手当の額を定額的なものとせず、限度額内における支給庁の裁量の余地を認めていること、この点は傷痍疾病、廃官、廃庁または整理により退職した職員、在職中死亡した職員、勤続一〇年未満で退職した職員に支給すべき退職手当についても同様であること(支給準則第三条、第四条、第六条)、退職手当の支給内規については所管大臣が大蔵大臣と協議してこれを定めるべきものとし(同第七条)、準則自体はなんら規定を設けていないこと(支給準則第二条ないし第四条、第六条所定の退職手当に関し昭和二二年五月八日給発第五六四号「退官退職手当支給内規の標準その他について」は、退職手当の支給額はその職員の在職中の勤務成績に応じて支給することとし、たとえば支給準則第二条による退職の場合は、成績優良の者に対しては基準額を、普通の者に対しては基準額の八割、不良の者に対しては基準額の六割を支給すべきものとしており、支給準則は一応退職手当の額の限度を規定していながら、まさに右のような裁量による運用を予定していたものと認められる。)、叙上の諸規定および勤続期間の計算に関する第八条の規定により難い特別の事情がある場合においては所管大臣が大蔵大臣と協議して別にこれを定めることができるとしていること(同第九条)等支給要綱および支給準則の形式内容を仔細に検討すると、支給要綱および支給準則は、職員が退職に伴い当然に退職手当を請求する権利があることを定めたものとはとうてい解し難く、むしろ、統合的行政の見地に立つて、各省庁が退職した職員に対し退職手当を支給する権限あることを明確にするとともに、その権限行使に対する画一的規整を図つたものにほかならないとみるべきである。されば、支給準則にもとづく退職手当の支給は、職員の退職に伴い職員と国との間に成立した退職手当支給の債権債務関係を決済する行為としての性質をもつものではなく、むしろ行政庁の一方的意思にもとづいて職員に対し設権的に退職手当を与える一の行政処分にほかならないと理解するのが相当である(それは国民一般に対する関係でなされる行為でない点において狭義の行政処分であるといえないとしても、その効力の有無を論ずる限りにおいて行政処分に準じて取り扱うのを相当とする。)このことは前述のとおり支給要綱および支給準則が法律と同一の効力を有するとされるにいたつた後においても変りがないと解すべきである。叙上に反する被控訴人の見解は採用できない。
2 ところで、本件第一次退職手当の支給は会計検査院が法規上賦与すべからざる権利(退職手当)を被控訴人に賦与した違法があるものであり、右は重大な瑕疵あるものといわなければならないが、いまだ客観的に明白な瑕疵あるものとするに足りない。すなわち、一般に行政処分の瑕疵が客観的に明白であるというのは、処分要件の存在を肯定する行政庁の認定判断の誤りであることが権限ある国家機関の判定を俟つまでもなく、なんびとの判断によつてもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すものと解すべきであるが、本件において、被控訴人の第一次退職に際し退職手当を支給すべきかどうかは、被控訴人の右退職について支給準則第一条第一項の適用があるが、または同条第二項本文の適用があるという支給準則の解釈如何によつて決定される事項であるところ、右の解釈問題は支給準則第一条第一項にいう「官吏」および同条第二項にいう「勤務庁を変更した場合」なる概念の意義を公務員退職法制の目的に照らし、かつ、旧憲法下の官吏制度の現行憲法による変容という事情をも考慮しつつ確定する判断作業を必要とするものであることは前記四の説示により明らかであり、右解釈問題がしかく簡単でないことに鑑みれば、支給準則第一条第一項により本件第一次退職手当を支給すべきものとした会計検査院の判断の誤りがなんびとの判断によつてもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであるとはとうていいいえない。そうとすれば、本件第一次退職手当支給の瑕疵は明白性の要件を欠くから、該処分は無効ではないというべきである。
六、以上説示したところによれば、本件第一次退職手当は令附則第一五項にいう「法の規定による退職手当に相当する給与」に該当し、被控訴人がその支給を受けた以上、被控訴人について前記三、(ハ)の要件もみたされているから、被控訴人の第二次退職にあたり支給すべき退職手当の額は法附則第一〇項を適用して算定すべきである(したがつて、衆議院が被控訴人の第二次退職に際し法附則第一〇項、令附則第一四ないし第一六項にもとづき被控訴人に対し退職手当三一八万三、八八〇円を支給したこと((右事実は当事者間に争いがない。))は正当な措置である。)。されば、第二次退職の際に被控訴人に支給すべき退職手当の額は法第五条、第六条、第七条に従い、かつ国会職員法第八条、協議決定第三条に則り算定すべく、被控訴人は六五七万六、〇〇〇円の退職手当請求権を取得したとの前提に立つ被控訴人の本訴請求は他の点について論及するまでもなく失当として排斥を免かれない。これと結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 坂井芳雄 蕪山厳)